おかあ・改田友子。本気自己紹介-Part③ノ1-

おかあ本気自己紹介
Part①から⑥はこちら

①、②と長文を読んでくださり
本当にありがとうございます。

…そんな私が結婚し
こどもを授かり、産み育てる。
なぜそれが出来たのか?

それはひとえに
おとう・改田昌寛氏と
娘・改田結さんという
個人の性質とそれら相性によるもの

と思っている。
↓番外編↓
https://kaida-san.net/106/

あとはこれ。
「モンテッソーリ教育」
という概念と出会えたこと。

=Part③=

今回の投稿は
【モンテッソーリ教育って?】
モンテの概念と出会い、学んだこと。
小さなお子さんと暮らす方
これから暮らす予定の方に
知って欲しいな
知っておくとこどものことが
より愛しく興味深く
毎日楽しくなるだろうなと思うので
それをメインに書こうと思います。

私のことは、こっちへ。
https://kaida-san.net/110/

「自己紹介」なのにモンテがメイン。笑
まぁ、私のことは
マリア・モンテッソーリ以上の
興味があったら見てください… 笑

※紹介しようとしながらも私は
モンテッソーリ教育を
至上のものと捉えてはいない。
よく見聞きする「おうちモンテ実践」も
ほぼ取り組んでいません。
娘に近所のモンテ園(子どもの家)
を選んだのに

(↑一斉保育でないことと
異年齢の縦割りクラスでもある事を重視)
小学校はシュタイナーを考えていたという。
(↑一斉教育の授業でなく
自然の中で感性を大切にした学びだから)

…意味わかんないでしょ?笑

やりながらあっちこっち飛ぶ。
あれこれ知りたい。
あれこれ体験したい。
そのあれこれを共有したい。
それが私なんです。
自分でもこの1-2年で
ようやく認めました。。笑

モンテッソーリ教育との出会いは
今から約6年前、
娘が1歳半の頃「輝きベビー」にて。
出会いの詳細を知りたい方は
https://kaida-san.net/110/
をご覧いただくとして、
輝き・伊藤美佳先生
直接教えていただき
私の子育て初期の、
1番の軸となっている事柄を
はじめにご紹介したいと思います。


※画像はお借りしています

【こどもに接するときの心構え8箇条】

①こどものすべてを受け入れる

②自分で選ばせる

③こどもを信じて待つ

④満足するまでやらせる

⑤こどもに解決させる

⑥間違いを訂正しない

⑦こどもと「毎日楽しい!」を共有する

⑧自然の中で遊ぶ


これね、文章だけ見ると
むずかしいような、簡単なような、
なのですが
これをしっかり毎日意識して
本気で真剣にわが子に接すると
変わると思います。見え方が。

わが子のことが
よく理解出来るようになるし、
わかる、任せられるっていう
信頼があるから
関わりがとってもラクになる。
自分(大人)が安定して
信じて接することが出来るから

こどもも安定して
穏やかでのびのびとしてる。

…って感じだったと思う。
もうその頃から年月経って来たから
ちょっと薄らいでるけど…笑

でもねぇ、私が習った時は
8箇条じゃなく
もう少しあったような気がするんだ…
冷蔵庫に貼って実践してたのに
今見つけられないんです…(・_・;

一生懸命ググってみたけど
完全にぴったりコレ!
っていうのが見つけられず、
1番近いのがこれかな?
って思って載せてます。

どこかに大切にしまってある筈なんだけど
私はこの数年で
変化と移動が大きかったから、
今その場所から離れてて
自分で探せないっていう…
って言い訳。

そんな中途半端な状況で掲載して
大変申し訳ないのですが、
どうしても共有させて頂きたくて。

あと個人的には

⑨こどもの行動にはすべて理由がある

⑩ぜんぶ、大丈夫

も追加しておきたいです。


※8。ムゲン、♾

あとこの本おすすめです。
「だめ!」とイライラが減ります。
【こどもの行動には意味がある】
がとてもわかりやすい。

あとここでは一切触れないけど
モンテッソーリ教育のおもちゃ(≠教具)
1つ1つ全て深い意味を持つもの
です。
私はこの本をバイブルとして
わが子のために
お店に来てくれるこども達のために
全て成長に意味のあるもの
を揃えました
https://kaida-san.net/67/

で。ここからは
マリア・モンテッソーリという人
について。
「日本モンテッソーリ教育綜合研究所」

で学んだ「モンテといえば」な有名どころ
&私の琴線に触れたこと

書こうと思います。

*マリア・モンテッソーリは
イタリアの精神科医です

*テーブルと椅子一脚ずつ以外
何もない部屋。
障害を持つこどもたちが
床に落ちたパン屑を懸命に摘む姿を見て、
「この子たちは遊びを欲している」
「自分の心身を自分で伸ばそうとしている」
ということを発見します

*こども(人間)には
「自己教育力」
生まれながらに持つ
自分を自分で教育する
成長させる力が備わっている
という考え方がなされます

*自己教育力の例えでよく
生まれたての青虫が出て来ます🐛
青虫は、葉っぱの先端へと進んで行く。
誰に教わらなくても
「葉っぱの先端が柔らかく食べやすい」
ことを知っているから。
自分に必要なことを
生後直ぐ、自分で、
選び取ることが出来る
のだといいます

*こどもには
ある一つの感覚に非常に敏感になり
その時期は容易にその感覚を伸ばせる
「敏感期」があることを発見します
時期を逃すとその獲得能力は
機会を失い消失します


※画像はお借りしています

*こどもには集中現象(フロー状態)
というものがあります
集中しているときが
自己教育が盛んに行われている時です

*集中し、成し遂げられたとき
満足感・達成感を味わい
自己肯定感が生まれます
その感覚が次への意欲
挑戦する心を育みます

*集中現象からの一連の流れは
「正常化」と呼ばれます

*こどもは
「自分で成長するのを手伝ってください」
と周囲に求めている存在です


※画像はお借りしています

*マリア・モンテッソーリが主に
こども達にしたことは「観察」です

*大人は、こどもをよく観察し
何を成し遂げたいのか
それを阻害しているものは何か
理解し、工夫し
環境を整える役割がある

*大人自身が
こどもの環境の一部である

こどもが1番に伸びるのは
胎児期。
大人や周囲からの阻害が
為されることがないからだそうです
逆に言えば
この世に生まれ出てからは
何かしらの阻害を受け
最大限に自己教育力が発揮されない
ということでもあります
(胎内で指しゃぶりをしているのは
生まれてすぐ母乳が飲めるよう
自己教育をしているのだそうです)

*マリア・モンテッソーリは
各地に「子どもの家」
という場所を作りました
(日本にも多く存在します)

*マリア・モンテッソーリは
特徴のある「教具」を多数開発しました
こどもたちが自分で選び行う活動は
「おしごと」と呼ばれます
(10新法に基づくピンクタワー・円柱差し等、
感覚教具の色板・温覚板等、
算数教育の金ビーズ等、
日常生活練習の着衣枠、
あけうつし、縫いさし等)


※画像はお借りしています

数年前の学びを
うろ覚えでザーッと書いてるから
ちょっと言い回し違うところも
あるかも…
書き漏れていることも、多分。

でもいつまでも終わらないから
この辺で!!笑

…いやはやまだPart③ですね…
相変わらずの長文にお付き合いくださり
ありがとうございます。感涙

もうこの際
Part④
以降もご覧ください!笑笑

-おかあ(改田友子)より-

[改田さんち]
改田昌寛(カイダアキヒロ)
改田友子(カイダトモコ)
改田結(カイダユイ)

東京都足立区千住
https://kaida-san.net/

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おかあ・改田友子。本気自己紹介-Part②-

おかあ本気自己紹介
Part①・③から⑥はこちら

=Part②=

自己肯定感が著しく低く
評価の基準は「他人」
を想定したもの。
特定の人にしか
「自分」を見せることが出来ず
いつも
「この場にふさわしい自分」
を演じてる。

でもそんな自分に気付いていない、
なーんかいっつもうまく行かない、
自分の人生を生きてる気がしなくて
人間関係に悩んでばかりな
中学高校時代。。苦笑

社会人のとある時期、
私が「病んでた」ときも
まさにそんな感じだったかもね… 苦笑

ええ、おかあ・改田 友子にも
そんな時代があったのですよ。笑

直感や感情に正直で
思い立ったら行動で
他人を巻き込むのが得意で
自分はやりたいことしかやらない。苦笑
今ではそんな風なおかあだけどもね。
おかあは1日にしてならず。笑

そんなこんなで
19歳のときに
アダルトチルドレン
(親や大人からの影響が強い
機能不全家族で育った人)
と自覚するまで
本当に人生が
意味わからず辛かった。。

ちなみに祖母は
お酒を飲んで酔った祖父と
毎晩ケンカ。
こどもの私に
「女は結婚で不幸になる」
と毎日愚痴をこぼし
私が祖母を慰めるという…

私の役割は
「ケアテイカー」。
完全なる機能不全家族でした。苦笑

こどもなのに
家庭に対しての役割がある。
大人もこどもも無意識に
(または意識的に)
その役割を担い、担わせる。

こどもは、自分がその役を演じることで
家庭の崩壊を必死に防ぎ、
自分の生息地を確保している訳です。


※画像はお借りしています

幼少期からの
家庭での刷り込みっつーのは
強烈に強力で、
「相手の話を聞き共感する」
能力はとても磨かれ
自信を持っちゃうくらいでした。
高校卒業時には
カウンセラーみたいな仕事に
就きたいって思ってたもんね。

まぁこれは、冒頭の
「自分を出せない」
「役割を演じる」
ことから来る
自分の唯一の存在意義。
みたいな認識でもあったけど…

時系列、遡りますが、それで私は
中学1年生で
「私はこどもは産まない。
一生産まない。
育て方がわからないから」
と言っていました。

友達からすれば
「え?そりゃまだわかるわけないでしょー!」
「大人になればわかるようになるでしょ!」
って感じだったと思う。

けど私はこうも言ってた。
「育て方がわからない親に育てられたら
そのこどもは犠牲者になるから。
私は犠牲者を作りたくない」

滅多に自己主張しない私
だったと思うけど
この時は主張してたと思う。

身近な大人による
禁止・制止・先回り、
あらゆる【だめ!!】
により
経験値が著しく低く

自己肯定感がめっちゃ低く
自分の判断に自信が持てなくて

「人生、意味わかんない」
私だったけどその時は違かった。

だって
自分の判断に自信を持ってるから。
こどもが育つこと
人が育つこと
に関して
自分自身で経験して判断してるから。

って言っても中1・13歳
なんですけどね。笑

そうそう、
アダルトチルドレン(AC)は
日本病だ。
と説く人もいます。

*和を重んじる
*空気を読む
*自分や個性を出さない(出せない)
*右に倣え
*出る杭は打たれる
などなどなど。

日本人の美徳、強み
とも言えるけども
ある面では
「空気で強要する」
のが裏目に出る、それが日本人。
(と私は思ってる)

マスクを外したいのに外せない空気
ワクチン打ちたくないのに打たされる空気

戦争行きたくないのに行かされた空気
と一緒。


※画像はお借りしています

社会が
大人が
教育が
その概念の浸透を
懸命に施している
それが日本だから。

概念に従順で
個をなくしてまでも
社会構成の末端である
家族や家庭の秩序を保つこと。
それを懸命に施している。
それが日本だから。

大人もこどもも
目上のいうことは聞くのが当然。
年上の人
偉い(権力≒お金を持つ)人
過半数の意見
それらに従っていれば間違いない。
従っていれば面倒くさくない。
そう学び取る。
そう学び取らせる。

…って言うか諦めさせる。

結果、
「個の」幸福度は低いままに
用意された「社会」は保たれ、
さほど考えることもなく
毎日が過ぎていく
ってわけです。

個(子)-家庭-社会。
「自分のため」じゃなく
「社会のため」に生きる
それがよしとされる(ことが多い)日本。

アダルトチルドレンは
親や家庭からの影響を自覚し、
自分は後世に受け継がない
自分の代で
「負のループ」をストップさせると
自分に働き掛けない限り
脈々と続いていくものです。

でも、大半の家庭は基本、
おおよその共通認識は同じ。
だって社会が個に対して
そう働き掛けてるんだから。

ってことで、問題の根っこは
親個人(家庭)でもなんでもない、
社会全体に蔓延してるもの。
(戦後=敗戦で変更された部分が大きい)

まさに日本病。

【あ、「社会」というのは
「自分」も含めます。
その概念を選び取り
採用しているのは自分自身だから】


※2020年のデータだそうです

昨年(2021年)
私たち改田家が滞在したヨーロッパは
「法で裁く」
はっきりとした姿勢でした。
NOマスク罰金
ワクチンパスポートで
行動制限。
「空気を読む」が通用しない国民性だから
国が方向性を示し制し
明確に国民を監視・管理🇪🇺
国民同士の監視・管理を
なんとなーく強要され
律儀に自らそれを守る🇯🇵
日本とは違って
ある意味スッキリとわかりやすい。笑
それがいいとは思わないけども。


※NOマスク罰金の書類(2021.4.12)

ちなみに私は普段
NOマスク・NOワクチンです。
けど「私は」それを選んでる、
っていうだけの話。
マスクだってワクチンだって
したい人はすればいい。
したくない人はしなければいい。
どちらにしても
自分で考えて行動した結果を
自分が信じる。
自分で決めたのだから
不安になることも
恥じることも一切必要ない。
それだけです。他人は関係ない。

そういった
ひとつひとつのことを
自分で考えて
自分で選んで
自分で行動して
ひとつひとつに責任を持つ。

大人として
自分に責任を持つこと。
こどもに責任を持つこと。
こどもたちの未来を無視しないこと。

これからは特に
それらが重要になってくると
私は思っています。

…はい。
ここまで長かったですね〜!
最後は自己紹介でもなかったし。笑
でもよくぞ読んでくださいました!!感涙

それなのにまだPart②ですね…
Part③以降もいつかご覧ください。

次回、Part③
特に小さなお子さんを
子育て中の方におすすめの記事!

読んで損はさせませんよー。笑

-おかあ(改田友子)より-

[改田さんち]
改田昌寛(カイダアキヒロ)
改田友子(カイダトモコ)
改田結(カイダユイ)

東京都足立区千住
https://kaida-san.net/

#改田 #こそだて放浪

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おかあ・改田友子。本気自己紹介-Part①-

おかあ本気自己紹介
Part②から⑥はこちら

=Part①=

Part①は
読む方によっては
重いよ!暗いよ!
不幸自慢か?お腹いっぱーい!
ともなり得る話です。笑

でも
今の私の形成のもと

私がこどもたちに関わる上での基準
となっているのと
全ての経験が今に繋がっている
全ての経験は自分で選んで地球に来てる

寸分違わないこの地球の
全てに感謝

そう捉えているので
敢えてぜんぶ書きます。

=Part①=

昭和52年5月2日
東京都の下町
足立区の北千住に生まれました。



※画像はお借りしています

私を産んですぐ母は
精神的に不安定になったようです。
(今でいう産後鬱だと思う)
(でもACループかも。後述)

父は教職で忙しく
且つ木村家に婿にきた
という大人の事情もあったため、
「育てる人がいない!預け先もない!」
日中は主に祖母と叔母が
私を育てました。
夜は祖父と祖母と私
3人で一つ屋根の下。
父と母は近所に住み
毎日私の様子を見に寄っては、
2人で帰っていく。

小6のとある日曜日。
みんなでサザエさんを見ていて
「なんで私はパパとママと
暮らしてないの?
今日から一緒に住む!」
と急に祖父母の家を出るまで(↑実話)
そんな生活をしていました。
(母の体調不良で祖父母の家に戻ったり
私が一人暮らしを始めたり
父母と3人で暮らしたのは
結局3年くらいだったけど)

ちなみにこういった事情は
私が30歳になり
自分のルーツについて
叔母に問うまで
家族からは一切知らされませんでした。
ヒミツにしたかったのかなぁ…

おかあ
おかあ
この祖父母の家がのちのcotoca本店になるのです

祖母は
一人っ子で初孫の私を溺愛。
大事にだいじーに育てるあまり
「ハサミは危ないからだめ」
「すべり台は危ないからだめ」
「男の子と遊んじゃだめ」
「あの子と遊んじゃだめ」
「うちの子伺ってませんか?℡☎︎」
禁止・制止・先回りして
監視・管理。
温室育ちの箱入り娘として
私を扱いました。

おかあ
おかあ
社会の煩わしさに敏感なのはこの影響が大きいと思う。笑


※写真はイメージです

また、母と叔母(母の妹)の時の
子育てと私を事あるごとに比較し
「友ちゃんは普通じゃない」
「友ちゃんはわがままだ」
「友ちゃんは育てづらい」
こどもである私本人に
面と向かって
いろいろと言っていました。苦笑
個体差があるのは当然だし
こどもは自己を主張して健全だし
母たちの頃と私では
30年近く時が経過していて
時代も考え方も
変わってると思うけどね… 苦笑

おかあ
おかあ
「普通」ってなんだ?いちいち考え自分の感覚を重要視するのはこの影響が大きいと思う。笑

そんな経緯もあり
幼少期は極度の人見知り、
消極的で怖がり。
「これやりたいけどだめかな」
「これは “普通のこと” じゃないのかな」
「やったことないからどうせ下手だし…」
自分の判断に自信が持てないから
自己肯定感が低く
常に他人の目が評価の基準。

そうそう、
言葉や態度による心の拘束
だけじゃなく
現実的にからだも拘束。
60代だった祖母が
0歳の赤ちゃんを育てるのは
大変だったと思いますが、
「あちこち動いて目が離せない」と
日中私を段ボールに入れていたとか…
文字通りの箱入り娘。笑
あ、フタはちゃんと空いてます。笑


※写真はイメージです

全身感覚器、
頭の先から足の先まで
ひとつひとつの動きや経験の獲得が
重要な乳幼児期
ソレじゃあ… …  …
あぁ、カワイソウな私。笑

乳幼児期の正常な発育不足
(Part③に詳細明記)
もあるのでしょう、
とっても運動神経が悪く
小中高と身体的なコンプレックスも
相当強かったです。

おっと、さらにさらにアレなのですが
料理が苦手な祖母は
幼児期の私に
ファーストフードや
コンビニ食や
冷凍食品を
毎日の主な食事として
提供
していましたね…

祖母にとって
新時代・コンビニの普及は
簡単!便利!!
自分の不得手もごまかせる!!!
大変な育児において
まさに救世主のような存在、
だったはず。笑
3歳までは腸がつくられる
一生に関わる大事な時期
だというのに…
あぁ、カワイソウな私。笑
(Part④に詳細明記)

おかあ
おかあ
妊婦な私と新生児の娘に治らない湿疹ができ、結局生活改善できたのはこの影響が大きいと思う。笑

しかし祖母は祖母なりに
必死で一生懸命
「母から預かった孫」を
大切に慈しんでくれていた。
祖母の死後、大量の日記が出てきて
かわいくて仕方ない
(+手が掛かって仕方ない)
私のことを毎日書き綴っていた…
私の将来を超!心配しながら
“そういう視点”で私と関わるのは
大変だっただろうな…

でもまぁ、私がいま娘に対して
取り組んでいる子育てとは
それはそれは真逆なんだけど。笑
「反面教師」というものを
身を持って伝えてくれた訳です。苦笑

…なんかごめんね、おばあちゃん。
全部書いちゃって。
私が経験したこと、
重要なことがいっぱいだから
他の人にも共有させてもらったよ。

…はい。
ここまで長かったですね〜!
よくぞ読んでくださいました!!感涙

それなのにまだPart①ですね…
よかったら
Part②
https://kaida-san.net/92/
以降も
いつかご覧ください。

きっと損はさせません!!!笑笑

-おかあ(改田友子)より-

[改田さんち]
改田昌寛(カイダアキヒロ)
改田友子(カイダトモコ)
改田結(カイダユイ)

東京都足立区千住
https://kaida-san.net/

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